孔子が音楽好き、というのは聞いたことありましたがここまでとは。
『孔子事跡圖觧』(国文学研究資料館所蔵) 出典: 国書データベース
孔子 琴(きん)を
師襄(ししやう)に学(まなひ)
給ふに十日にあま
れとも進(すすみ)給はす 師
襄も益(ます)へしといへは
いまたその数(すう)を得すとのたまへり
間(しはらく)ありて いまた其志を得す 又間ありて いまたその人と
なりを得すとのたまひしに 間ありて 文王にあらすんは
誰かこれをなさんとのたまひけれは 師襄席を避けて再拝
し いかにも文王操と申なりと云へり
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「孔子世家」の該当部分です。

沢田総清, 竜沢良芳 編『新撰史記鈔詳解』,健文社,昭和11. 国立国会図書館デジタルコレクション より
上段の頭書に通釈が書かれているのでテキストに起こしてみます。
【通釈】
孔子は楽師の襄子に就いて弾琴の法を学んだ。十日にして未だ他の曲に進まない
襄子が言ふには もう他の曲に移つて学んで宜いと。
孔子の言はるるには、私は既に其の曲譜は習つたが、未だ其の数理を
解する事が出来ないのですと
しばらくして襄子が言ふのには、すでに其の数理は分つたのだから、更に
他の曲に移るのが宜からうと。
孔子の言はるるには私は未だ其曲中の志す所を解する事が出来ないと。
しばらくして襄子が言ふのには、子は既に其の曲中の志す所を習つたのである、
他の曲に移った方が宜からうと。
孔子の言はるるには、私は未だ其曲中の人物を解することが出来ないと。
しばらくして襄子が言ふにはお前は穆然(ぼくぜん)として静にして深く
思つて居るやうであり、恰然として楽しみ、高く望み、遠く志す所あるやうである、
必ず其の曲中の人物を解し得たのであらう。
孔子の言はるるには、余は其の曲中の人物が分つたのです、其の人は顔色黒く、
身長は高く眼は遠く見るやうで、心は四方の万国に君臨するやうである、
文王でなくては、此の曲を作るものはあらうやと、襄子は敬服して席を避けてから
再拝して言ふには、私の師匠も此の曲を伝へて周の文王の作曲であるといつたのですと。
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琴のお師匠さんは孔子が練習して上達するので「次の曲に進みましょう」と伝えますが
孔子は「まだまだ」と言ってさらに高みを目指し続けます。
ついには作曲家が誰かまで透視?で見抜いてしまいました。「この曲を作ったのは文王以外にありえない」と。お師匠さんも仰天~。