コツコツ古典

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2023-10-01から1ヶ月間の記事一覧

英雄図会(葛飾戴斗1825年)・23 佐々木盛綱

佐々木信綱と塩焼藤太さん。塩焼藤太って誰? ARC古典籍ポータルデータベースより 佐々木盛綱(ささきもりつな) 塩焼藤太(しほやきとうだ)宇多源氏棟梁佐々木源三秀義の三男加地左兵衛尉盛綱入道西念は鎌倉の昵勤にして高綱の兄定綱の弟なり 父子兄弟いつ…

英雄図会(葛飾戴斗1825年)・22 朝比奈三郎 足利義氏

和田義盛の三男、朝比奈三郎。この人も怪力。 ARC古典籍ポータルデータベースより 朝比奈三郎 足利義氏八幡太郎義家の五代足利義兼が次男佐馬頭義氏は北条時政が娘のうむ処にして鎌倉御一門の列にて威勢尤厳なり 建保元年五月 和田義盛北条義時か館を囲せむ…

英雄図会(葛飾戴斗1825年)・21 畠山重忠

畠山重忠。人気のある武将さんですよね。 ARC古典籍ポータルデータベースより 畠山重忠(はたけやましげただ)重忠は畠山庄司重能が嫡子にて鎮守府将軍良兼の末孫秩父六郎将恒の後胤なり 代々源家に随従して武蔵国の守衛たり 重忠は畠山庄司二郎と号す 母は…

英雄図会(葛飾戴斗1825年)・20 源太景季

梶原景季。背中に梅の枝が見えます。 ARC古典籍ポータルデータベースより 源太景季(げんたかげすへ)景季は村岡五郎忠通の六代の孫梶原平三景時の長子にて平氏の氏族たりといへども 父景時頼朝公に仕へて出頭たりしゆへ 景季源の字を拝領して源太左衛門尉と…

英雄図会(葛飾戴斗1825年)・19 上総之助廣常

「鎌倉殿の13人」では佐藤浩市さんが好演されていた上総廣常。 ARC古典籍ポータルデータベースより 上総之助廣常(かづさのすけひろつね)桓武帝の後胤 千葉の上総之介忠常の七代 千葉八郎廣常は頼朝卿に仕へて上総介に任じ保元以後軍功あまたありけるが 寿…

英雄図会(葛飾戴斗1825年)・18 弁慶 源義経

花咲く木の脇で、弁慶が札に何か書こうとしています。義経は折り畳み椅子に座って弁慶を見ています。花は梅かと思ったら桜でした。根元の方から花をつけた新しい枝がたくさん伸びる、若木の桜。 歌舞伎「一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき、1751初演)」の…

英雄図会(葛飾戴斗1825年)・17 義仲 巴の前

中心の女武者は巴御前。右手遠くのほうにちらっと木曽義仲。 ARC古典籍ポータルデータベースより 義仲(よしなか) 巴の前(ともえのまえ)義仲は義賢の長子 義賢討れ給ふ時は二才にして中三権頭兼遠が養ひうけ木曽山中に隠れ成長給ふ 幼名駒王丸 平家追討の…

英雄図会(葛飾戴斗1825年)・16 内大臣重盛

清盛の嫡男、重盛。 ARC古典籍ポータルデータベースより 内大臣重盛(ないだいじん しげもり)重盛は清盛の嫡子小松内大臣と号す 母は二位の尼 知盛重衡同腹の兄なり 智仁勇三徳を兼備 平家(驕)奢の中に独(ひとり)慎みをふかく下をあはれみ又よく父をいさ…

英雄図会(葛飾戴斗1825年)・15 頼政と猪早太

頼政による鵺退治のお話。 ARC古典籍ポータルデータベースより 頼政 猪早太(よりまさ)(いのはやだ)源三位頼政が文武兼備へたる勇士にして尤歌道の誉世に高し射術殊に秀たればとて近衛院の御時勅によつて雲間の怪鳥を射る家臣猪早太なるもの有力勝れたり …

英雄図会(葛飾戴斗1825年)・14 悪源太義平

源義朝の長男、義平。頼朝のお兄さん。現代人には、「悪」の字のイメージで損してそうな感じの人。悪源太って誰?よくわからないけれどきっと悪いことした人ね、って思っちゃう。 「悪」という言葉、接頭語としては「荒々しく猛々しい」という意味だそうです…

英雄図会(葛飾戴斗1825年)・13 八郎御曹子為朝

源為朝。少年時代から暴れん坊。 ARC古典籍ポータルデータベースより 八郎御曹子為朝(八郎おんそうしためとも)六条判官為義の八男鎮西八郎と称す 背長七尺五寸無双の弓取強弓の勢兵なり保元の乱に父の為義に随ひ新院の御味方として敗軍し捕となりて伊豆の…

英雄図会(葛飾戴斗1825年)・12 清盛入道浄海

平清盛。出家して「入道浄海」になりました。 ARC古典籍ポータルデータベースより 清盛入道浄海(きよもり入道じやうかい)平相国大政大臣清盛入道浄海は平忠盛の嫡子なり 実は白川院の落胤なるよし保元の戦功によりて安芸守に任じ曽て厳島に弁財天を造立し…

英雄図会(葛飾戴斗1825年)・11 為義朝臣

源氏が続きますね。源為義。義朝や為朝のお父さん。 ARC古典籍ポータルデータベースより 為義朝臣(ためよしあそん) 奈良法師八幡太郎義家の子 六条判官と称じ武将の器備はり 智勇の誉れあり天永元年叔父義綱反逆を企て近江国甲賀山に籠りしを為義十四才の…

英雄図会(葛飾戴斗1825年)・10 新羅三郎義光

新羅三郎義光。源義家の弟君ね。 ARC古典籍ポータルデータベースより 新羅三郎義光(しんら三郎よしみつ)義光は伊予守頼義の三男 八幡太郎の弟なり 三井寺新羅明神の社前にて元服せらる故に新羅三郎と称じ 従五位の上に(叙)し曽て弓矢の古礼を知り給ふ甲…

英雄図会(葛飾戴斗1825年)・9 源頼義 清原武則対面

源頼義と清原武則。 ARC古典籍ポータルデータベースより 源頼義 清原武則対面(みなもとのよりよし)(きよはらたけのり) 源頼義 清原武則対面(みなもとのよりよし)(きよはらたけのり)頼義は満仲公の四男河内守頼信の嫡子なり 伊予守鎮守府将軍に任ず奥…

英雄図会(葛飾戴斗1825年)・8 山姥金時

山姥と金太郎。親子だったのね。 ARC古典籍ポータルデータベースより 山姥金時(やまうばきんとき)金時は伝へいふ相模国足柄の山中に霊婦あり 山姥と称ず 産所の児を快童丸といふ成長(ひととなり)て後渡辺綱が見出しにて摂津守頼光に仕へて酒田主馬丞公時…

英雄図会(葛飾戴斗1825年)・7 平惟茂

謡曲「紅葉狩」で有名な平惟茂。 ARC古典籍ポータルデータベースより 平惟茂(たいらのこれもち)平の兼忠が子なりしを貞盛養子とせられて十五人目の子なりしゆへ余五将軍と号 古今無双の大力なり 曽て奥州に住せしとき 沢股諸任領地を争論し戦ふこと数度な…

英雄図会(葛飾戴斗1825年)・6 多田満仲

多田満仲さん。挿絵の右下に書かれた名前のルビは「ただのまんちう」、一方文中では「みつなか」。「ただのまんじゅう」のほうが馴染みありますね。大男が両脇に男性二人を抱えて逃げていくのを満中が追う場面でしょうか。 ARC古典籍ポータルデータベースよ…

英雄図会(葛飾戴斗1825年)・5 橘遠保と藤原忠文

今回は武将がお二人ですね。右側が橘遠保、左が藤原忠文。 ARC古典籍ポータルデータベースより 橘遠保と藤原忠文(たちばなのとをやす)と(ふぢはらのただふん)遠保は井手の左大臣橘諸兄公の十一代少将経氏が子なり 従六位上美濃介と号す朱雀院の朝に仕ふ …

英雄図会(葛飾戴斗1825年)・4 俵藤太秀郷

ムカデ退治で有名な俵藤太秀郷。 ARC古典籍ポータルデータベースより 俵藤太秀郷(たはらとうだひでさと)下野大掾村雄か子藤太秀郷は和州田原に生る よつて俵藤太といふ 鎮守府将軍に任じ朱雀院の朝に将門を亡し武蔵下総の両国を恩賜せらる 或とき瀬田の橋…

英雄図会(葛飾戴斗1825年)・3 坂上田村丸

平安前期の武将、坂上田村丸。 ARC古典籍ポータルデータベースより 坂上田村丸(さかのうへたむらまろ)坂上田村丸は後漢の霊帝の後孫 刈田丸か子なり 身長七尺五寸胸の厚さ一尺九寸鷹眼金髭にして身を重くするときは三百一斤 軽くすれば六十四斤ありといふ…

英雄図会(葛飾戴斗1825年)・2 武内大臣

日本の長寿代表、武内宿祢さん。高く上げた右手に珠を持つ、宿祢の山車人形を見たことあります。 ARC古典籍ポータルデータベースより 武内大臣(たけのうちだいじん)武内宿祢は人王八代孝元帝の王子彦太忍信命の孫にて紀氏の祖なり 景行帝より仁徳帝まで六…

英雄図会(葛飾戴斗1825年)・1 日本武尊

トップは日本武尊。「ヤマトタケルのみこと」ではなく「ヤマトタケのみこと」になってますね。書物によって「ヤマトタケ」と読むものもあるそうです。挿絵では巨大な龍と戦っています。 ARC古典籍ポータルデータベースより 日本武尊(やまとたけのみこと)人…

英雄図会 (葛飾戴斗1825年)

明日から新しい本に入ります。「英雄図会」、挿絵は葛飾戴斗(二代目戴斗。初代戴斗は北斎)です。 「英雄図会」 文政八乙酉(1825年)新刻 葛飾戴斗先生画 ↓こちらは奥書。 ARC古典籍ポータルデータベースより 輯者 浪花 南里亭其楽 画士 江戸 玄龍斎戴斗(…

和漢廿四孝 (柳下亭種員 撰)・24 後三条院(完)

もう最後の一人になってしまいました!最後はお姫様ね!と思ったら少年でしたわ! たしかにお姫様ならもっと髪が長いわよね。 「早稲田大学図書館古典籍総合データベース」より 後三条院(ごさんでうのいん)此帝いまだ太子にてましますころ 深く北斗を信じ…

和漢廿四孝 (柳下亭種員 撰)・23 楠正行

楠正成の嫡男、楠正行。 「早稲田大学図書館古典籍総合データベース」より 楠正行(くすのきまさつら)帯刀正行は父正成湊川に討ち死の後 遺言を守り 南朝の帝に仕へ奉り 忠戦数度に及びしかば 君叡感あつて 弁の内侍とてきこゆる美人を 宿の妻に賜らんとあ…

和漢廿四孝 (柳下亭種員 撰)・22 薩摩福依賣

こちらの孝女は薩摩福依賣(さつまのふくよめ)さん。お初にお目にかかります。 「早稲田大学図書館古典籍総合データベース」より 薩摩福依賣(さつまのふくよめ)福依賣は薩摩の国なる賤しき民の娘也 元より家貧しくその父母ことに衰へつねに病むこと多けれ…

和漢廿四孝 (柳下亭種員 撰)・21 北條泰時

「鎌倉殿の13人」の印象が強いので、泰時というと坂口健太郎さんの姿かたちが脳裏に浮かびます。 「早稲田大学図書館古典籍総合データベース」より 北條泰時(ほうでうやすとき)北條義時の長男にて鎌倉三代の執権たり 義時存生のうち 泰時にまさりて寵愛深…

和漢廿四孝 (柳下亭種員 撰)・20 竹内邑今女

魚が飛び跳ねてます。鯉を食べたいという父親の願いを叶えてあげたくて悩む孝行娘が川で洗い物をしていたら、鯉が川から飛び跳ねて、桶の中へ入るところです。 竹内邑今女(たけのうちむらのいまぢょ)大和の国竹内村の農民なにがしが娘 今女といへるは 早く…

和漢廿四孝 (柳下亭種員 撰)・19 農民甚助

農民甚助さん。 「早稲田大学図書館古典籍総合データベース」より 農民甚助(のうみんぢんすけ)備中の国浅口郡柴木村の産 兄弟三人ありて 甚助は末子なり 父没する時三人に田地を分かち与へしが 二人の兄は耕作におこたり 不作のみ打ち続くゆへ甚助に田地を…