コツコツ古典

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英雄図会(葛飾戴斗1825年)・11 為義朝臣

源氏が続きますね。源為義。義朝や為朝のお父さん。

ARC古典籍ポータルデータベースより

為義朝臣(ためよしあそん) 奈良法師
八幡太郎義家の子 六条判官と称じ武将の器備はり 智勇の誉れあり
天永元年叔父義綱反逆を企て近江国甲賀山に籠りしを為義十四才のとき
院宣を蒙り義綱を攻けり また永久元年南都の衆徒朝家をうらみ奉り
都へ攻入らんとせしを為義十八歳にて大将となり主従わづか十七騎にて
栗栖山に戦ひ衆徒あまた討取ける 残徒敗軍して引退きしかば
為義が武勇これより高くなり 人皆恐歎す 鎮守府の官をのぞまれしかと許し
なければ本意なきことに思し召れ 判官にて国名の受領せられず 保元の乱
志しをとげずして死す 実は義親の子義家の孫なりしを養子とせらる
法名義法房と申せし

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至近距離で矢を射られまくっている右側の二人はだあれ?と思ったら奈良法師でした。為義が追い払った興福寺の僧兵ですね。比叡山の山法師、園城寺の寺法師。血気盛んなお坊さんが軍記物にはよく登場します。

春に神田神保町で購入した「河内源氏ー頼朝を生んだ武士本流」元木康雄著。読書の秋に読む予定。