和漢廿四孝(柳下亭種員撰・房種画)・6 藤原衛
藤原衛さん。この絵は衛少年が5歳のみぎり、父親の内麿に、母がいない理由を尋ね、理由を知って大人のように悲嘆にくれている様子ですね。父親は息子の利発ぶりに感動し、のちにこの衛くんに家督を譲ります。10男が相続するってなかなかないでしょうね。長男のショックは計り知れない。
「早稲田大学図書館古典籍総合データベース」より
藤原衛(ふじわらやかもり?まもる?)
贈左大臣内麿の十男なり 二歳のとき その母に遅れ 五歳にして父にむかひ 母なきゆへをたづね問ひ深く悲しめるさま さながら 大人のごとし 御父内麿 ただ人にあらずと寵愛他にすぐれ つひにその家をゆづり給ふ 十八才にして博学多才あまねく世にきこへ 時の人 尊教おほかたならざりしとなん
ーーー
さて、「藤原衛」の読み方ですが。この本では「衛」に「やかもり」とルビが振ってあります。
「早稲田大学図書館古典籍総合データベース」より
↓ 本朝二十四孝:児訓の「藤原衛」。こちらも「やかもり」ですねー。
国立国会図書館デジタルコレクションより
さらにダメ押し!難しそうな本、「孝道の科学的研究」という字ばっかりの本から。
こちらも「ヤカモリ」になってます。
国立国会図書館デジタルコレクションより
「衛」を「やかもり」と読むんだろうかという素朴な疑問が湧きますね。歴史関係のサイトを調べても「藤原衛」の名前の読み方は「まもる」もしくは「まもり」としか出てきません。「まもる」か「まもり」ならどちらもありそうですよね。でも「やかもり」って、漢字辞典にも出てこないし。
ふと思ったのは・・・。
崩し字の「ま」一字を「やか」と読んでしまったのでは?と。これはくずし字データベースの「ま」の検索結果の一部です。赤で囲った部分の「ま」は「やか」と読めるかも!
「衛」に「まもり」と仮名で振ってあった本を参照したときに、誰かが「やかもり」って転記し間違えてしまったのでは!いえ、あくまで推測ですけどね。もしそうなら私なんかより先に気づいている人、きっとたくさんいるでしょうしね。