義経に仕えた、継信・忠信の佐藤兄弟。
「早稲田大学図書館古典籍総合データベース」より
継信(つきのふ)忠信(たたのふ)
佐藤継信忠信は信夫の庄司元治か二子なり 鎮守府将軍秀衡か臣なり
源義経平氏を征伐の時 秀衡二人を以て義経に属す 兄弟奥州を発て
所々の攻撃に武功あらすといふことなし
八嶋の一戦に源平雄をあらそふ 継信人に絶(すくれ)て進て矢に中(あたり)て死す
弟忠信 敵を射殺して仇を報す 其後義経に従て吉野山に入る 山僧兵を
起て敵す 忠信紀信か忠に効(ならひ)て身自ら義経と號(たばかり)僧徒を
拒(ふせき)て舟京師に回て婦人愛寿か家に至る 忠信か妻なり
愛寿心を変し敵を引て忠信を討しむ 忠信合戦て殺傷これ多し 遂に自害す
世俗に基盤(碁盤)忠信といふはこのときなり 忠信枕本の基盤(碁盤)を以て敵を防しなり
(赤線で囲んだ、小さい字の部分)
紀信は漢の高祖の臣下なり
高祖項羽と戦て敵にかこまれ 身すてにあやうき時
紀信はかりことを出し自ら高祖なりと名乗て項羽にとらはれ
其ひまに高祖をのがれさらしめたることなり
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「碁盤忠信」という浄瑠璃や歌舞伎の演目があるそうです。なぜか文中では「基盤忠信」になってますが。右側で碁盤を枕にして寝ているのが忠信ですね。このあと碁石の散らばる音で敵の襲来に気づいた忠信は碁盤を振り回して大立ち回りをするんですね。
首痛くなりそう。